昭和41年04月29日 朝の御理解



 昨日、善導寺親教会の御大祭を終えて、帰らせていただきましたら、熊本のひろこさんが、来ておりました。この5月に学院に入るです。丁度あの、壱岐の末永さんの弟の、この人もこのごろから、ここで御神意を頂いて、今年一年信心の勉強をさせてもらってから、来年から、学院に入りたいと。そういう学院に入ってっちゅ二人が、二人ここにきておりましたから、二人で、お茶でも頂きながら、で話した事でございます。
 そげんあんたたちのような若い身空で、しかもお道の教師を志すと、なら、人の難儀な、そのために、結局まぁ自分というものを空しゅうする。いわば、けいこをするわけなんだから、もう、ほんというたら、こんなに、考えようでは、酷な、みじめな、ことはない。まだ若い、はたち、20いくつでしょうか。ひろこさんがあのう、20,2,3でしょうか。20ならんでしょうね。
 まだ21ちか2ぐらい。すと、末永さんがまだ、20、あん、4でしょうか。ね、ほんとに、そんためには、ほんっとにひとつ、おかげを受けにゃいけん。ね、ほんとに、その人が助かる事のために、不思議にね人が助かって、先生、おかげで助かりましたという人たちが、自分の周囲にでけてくると、自分というものを空しゅうする、いわゆる、犠牲にするということが、尊いものになってくる。
 有り難くなってくる。ね、ですから、ところがその、そういう、まぁお道の教師を志す人も、たくさんあるけれども、志しただけで、自分も助からなけりゃ、人も助からんという人も、たくさんあるのだから、問題は、自分がおかげをいただかにゃいけん。ためには、どうしても、わたくしは人の助かることのために、力を頂き、お徳を受けなければ、人は助からん。
 ほんきで、いつもわたくしの信心に、なにかその、あなたがたにとりえがあるとするならば、あたしが、あなたがたのために、もうどんな犠牲でも、あたくし自身が払わせてもらうから、まぁしっかり一つ、ひろこさんはもう、いよいよ今年参ります。まぁ末永さんは来年なのですから、もう一年あるから、信心の稽古をしておいてというて、話したごってございますが。
 お互いでもやはり同じ事。せかっくここで信心の稽古をさせていただくのでございますからしっかりその信心の力と徳を受けなきゃいけません。ね、そしてなるほど、金光様の御信心を、しござったら、ああいうおかげも頂きなっさたという、おかげを、こりゃ、絶対なものと、しなければならん。ね、けれどもその、それから先が、いうたらむつかしい。おかげをくださるよりむつかしい。
 先日から、あたくしもそんなことを頂いたんですけれども、例えば椛目にゃ御造営なら御造営があっとります。御造営が成就したというのは、これは帳尻ついたようなもので、そのあとが難しい御造営が、でき成就するという事は、これは絶対のものと、確信して、お互いがそのことに邁進するのですけれども、そのあとが難しい。あとの信心が。そんな話をさせて頂いておりましたら、ひろこさんがああいうんですよう。
 「実は先生今度はあのう、今飯塚から、実は入るんでございます」と。東飯塚の大久保先生のところが丁度、今度はあのう山口の、おばさんにあたります、ここにずっとお参り見えられます、長田先生の所から、あのう、手続きをもって、出るわけなんです。よね。ですからそこの親教会になるわけです。そのう、東飯塚が。それで、親教会として、まぁそのう、いろいろ注意も与えておきたいこともあるから、ゆっくりくるようにということであったから、そのために一晩泊まりでいったらしいんです。
 そして先生、いろいろと話をさせていただいたが、まー先生がおっしゃるような話を、大久保先生からも聞いて参りましたと、こう言うわけです。ね、というのは、皆さんもご承知のように、非常にこの霊徳が、優れていきそうなタイプなんです。ひろこさんは。もう現在から、神様から頂きます事が、非常に的確。ね、しかも、そのものずばりで、その頂いておるんですね。だからあの人の周囲に、やっぱり、毎日、その、信心をいうなら、まぁ、お取次ぎを願いにくる人たちが、あるくらいなんです。
 ですからそこんところを、まぁ戒め、そういうところを注意するようにということであったんでしょうけれども、あのう、「ひろこさん、あたしがここの、飯塚の教会を持たしてもらうときに、御本部でね、御本部の近所の何とかというところに、めくらの女の先生がある。あたしもその話は聞いておりました。非常にお徳の高い。お徳というか、その、霊徳高い先生だったらしいですけど、そこにそのお参りさせて頂いてから、これからいよいよ、布教をさせてもらうが。
 どこに、その、布教させて頂いたらよいかっち、言う様なことを伺いに行ったっち。ところがその女の先生が言われる事にね、あなたは、飯塚に布教されたらいいと、おっしゃたそうです。その当時は、一つの町に二つもその、いうなら、甘木の出社があるわけですよね。ですからいうなら、大久保先生の親教会があるわけです。ですから「飯塚には親教会があるとですが」というたところが「神様が開かるのですから、開かれます」とおっしゃた。だそうです。
 そいでその、まあ無理にお願いして、東飯塚、飯塚市内にあ出されたそんとき、今はは小さい町ですけれども、もういっときしよっと、市になりますとその言われた。やっぱり、その先生が言われるとおりじゃった。もうあちらにお参りしておると、もうそれこそ、お参りしてくる、その人その人に、もうそれこそ、千里眼的なですかね、もうその、ポクポクそのあてられるっとばみてか、もうびっくりした。
 お徳ちゃたいしたもんだと思うて、まぁ帰ってきたがね、あたしはこうして、なるほど、その先生が言われるとおりに、東飯塚で布教ができるようになり、人もだんだん助かるようになり。ここに、今日のおかげを頂いておるが、ね、その、めくらの女の先生ところはね、その人ほとんど一代限りのようにして、御比例が落ちてしまったっち。ひろこさんそういう例があるからね、あんたがたも、そこんところを、いっちょしっかり、信心の稽古しなきゃいかん。
 あの、そういうことのならんような信心を見につけにゃいけんよ、というてその、まぁ言われたと、こういうのですね。わたくしそのことを、聞きながら、そうどころじゃないなぁと、あたくし思わせていただいておりましたら、そん時、あたくし御心眼に頂きます事がね、水門、ですね、こう、堤なんかん所には、必ず、水門ていうのがあるでしょう。 水門を頂くんです。ははぁ、そげなことがありました次に頂く事がね、ホテル大蔵。といただきました。
 それも、ホテルという事を、ホテルってかかずに、保つ。照る輝くの照る。保つ照ると。そして、おおくらと。こう。なんかそういう、大変豪華な、それこそデラックスな、まー、ホテルがあるんですよね、だから、どのようないわば、デラックスなおかげを、お互い頂いてもいいんですけれども、この、保輝おおくらということを、忘れちゃならんということです。ね、例えて言うならばです。
 これは私どもの少年時代に、そのう、めだまのまっちゃんというのがおりましたよね。映画俳優に。もうその時日本一の、まぁ、大変な人気俳優でした。ね、ところがこの人が亡くなりますときは、もう実に惨めだった。もう、なくなったときには、お葬式なんかはそこのうちにやとうておった女中さんが、昔の女中さんがですね、あの自分はお世話になっとったからというて、まぁ、お葬式だけは、ささやかに出したけれども、もう大変な惨めな事であったという話を聞いた事がありますけれどもね。
 うん。たくさんの大変な働きができるからというてです、ね、いわばそのう、それいっぱいの、例えて言うなら、生活をしておれば駄目だという事です。どんなにおかげが受けられるからというてです、ね、いわゆる、慢心は大怪我の元である。ね、そりゃなるほど調子がようてから、まぁいなら、又売れた、又売れたというふうに、商売が繁盛する。あ結構。ね、デラックスな家も建てる。
 いわゆる、豪華な生活ができるようになるそれも結構。けれどもですそれが、つういっぱいのものであってはならないと。ね、どんなにたくさんの例えば、お恵みの水が、どっと流れてきてもですよ。あたくしは水門で調節のとれれるだけの、ゆ、ゆとりというか、余裕だけは、お互いが一つ信心で心がけておからなければいけない。ところがすこうしおかげを頂きだしますとですね。
 もう本当にそれに腰掛けたりそれに頼ったりしてですね、そのいわゆる照り輝くそれをまぁ、ほ、というのは保つということでしょうね、愈々いうならば徳積みのことを、せずにその頂いたその徳を、いわば頂いてしまうと言う様なことになってきている。そしてほんとの例えばおかげが、ドーっと押し流されてくると、もうそれにかえっておかげに押し流されてしもうて、おかげを落とすというような場合がある。
 ここでは、そのひろこさんのそのはなしだけではなくて、確かに霊徳を受けられて、飛ぶ鳥落とすような勢いで、御比例のたったというような教会やら、先生のところで、しかし、あのたいして、二代になり三代になって、しりぼそになってから、もう極端なのは、今言うように、その人一代でおしまいになるといったような場合がございます。ね、その点、やはりあの教組の神様のいわば、御信心振りというものを、あたくしどもは本当に、尊しとし、ああいう信心を身につけていかなければいけない。
 いわゆる実意丁寧神信心なんです。どんな場合でも実意丁寧神信心と言う事を忘れてしまうとです、調子に乗りすぎて返って、やりそこのうてしまう様な事にまで成り兼ねない。ね、だからみなさん例えばそう言う様に、ほんとおかげを頂けれると言う事は絶対なものとして、例えばなら椛目にこうやって、御造営の事がなされておりますけれども、私しは是はなんとか神様が絶対のものとしておかげ下さると、私は思うんですけども。さあそれから先の事は、私しどもの信心一つです。ね。
 それが愈々あすこで、人の難儀が助かる事の為のお広前としての御用が、出来るか出来ないかと言う事。御普請はできた立派に出来たけれども、ね、お広前は広々と100畳のお広前が出来たけれども、ね、お参りはいうならそのお広前に、そのちょこっとしか座ってはなかっちゅうごたる事では愈々いけませんですけどね。それだけのおかげを頂いたら、そのおかげに相応しい内容というものが、充実していかなければならんためにです、私共が愈々実意丁寧神信心を身に付けていかなければならんと言う事ですね。
 問題はその実意丁寧神信心という事がです、あたくしはでけさえすれば、あたくしは、おかげをおとすようなことは絶対にないと思う。ね、なら、みなさんの場合はまあその、丁度言うならば、御造営のさなかである。信心の御造営のさなかである。だからみなさんのその信心の、御造営ていうのは必ずなされるだろう。ね、また、なされる事を確信して、信心なされないかん。
 そのじぶんにゃ、なるほど、あの人が、椛目に一生懸命参りよござったが、ああいうおかげを頂きなさった。というて、みんなが認めてくれるような、おかげにもなってくっるでしょう。それを絶対のものとして、みなさんが頂きなさらにゃいかん。ところが、ささやかな、まぁ、おかげ頂きますと、もうそれに腰掛ける。腰掛けてその、いわば頂上まで登るけれども、向こうのまでおりちょらんもんですから、手前のほうで、ダラダラとまた降りてしまわなければならんような結果になる。
だからまぁこれは皆さんが頂いておられるわけではないけれども、頂かれるものとしてです、例えばひろこさんに、大久保先生がおっしゃたように、はぁこの人は霊徳の優れとるから、これはやはり、まぁ一時、そのう地方を風靡するくらいな御比例を頂くには違いはないと。今のままで行くなら。けれどもそれから先のことを、大久保先生は心配して教えられたのじゃなかろうかと、私は思うです。ね、
 だから、皆さんの場合は、まぁそこまで頂かなければならのですけれども、これはもう絶対のものとして、確信が出来るくらいな、あたくしは、信心を持って、おかげいただかにゃいけません。昨日夜、みなさん、学生会の方達がここで、泊り込みで、また、今度、次に出す、学生新聞の編集をみんなでやっとります。そして、夕べご祈念に参ってきた方達にまぁ、4,5人の方達に、まぁインタビューをやっておりました。
 私はちょうどそん時に、栄四郎が参りましたから、あんたあのうみんなから聞かれたらどげなふうに、信心のことはどげん言うかっち、私が言いましたらね。信心に一番大切なのは修行だ。っちいいました。ね、次には素直になる事だと言いました。私しは本当にそのものずばりだと思うですね。どんなに素直な人でもですよ。ね、神様に好かれる様なタイプの人でもですよ、もうその人が修行を怠ったら、おしまいです。
 というてんなら、修行だけは血の出るような修行して、霊徳うけましてもです、いわゆる素直です。実意丁寧神信心がもしできないとするば、それは方ちんばです。ね、ですからほんとに、このとおりの事です。いわゆる、実意丁寧神信心。その中には、たとえばね、修行をいとわんという信心。ね、同時に限りなく、いよいよ、美しゅうならせてもらおうと。いうなら、素直にならせてもらうというような、信心意欲がない限りです、一時の例えば、大水が入るようなおかげを頂きましてもです、その大水のために、押し流されるような結果になりかねないと私は思うですね。
   どうぞ。